エロディアード (マスネ)
Hérodiade (Massenet)
作品紹介 (エロディアード)
メロディーメーカーのマスネが「サロメ」を題材に描いた、壮麗なグランドオペラ。かつてはカレーラスやドミンゴも歌った劇的な大作です。
最近は上演が少ないのが残念ですが、美しいアリアがたくさんあり、今もコンサートなどではよく歌われています。
R・シュトラウスの「サロメ」と同じ新約聖書の話を題材にしていますが、ストーリーはだいぶ(というか全然)違います。(R・シュトラウスはオスカー・ワイルドの戯曲が原作ですが、マスネはその前に書かれたフロベールの小説を元にしているため)
「エロディアード」というのはサロメの生みの母である王妃の名前。サロメを捨ててエロデ王と再婚したため、お互いに母娘であることを知らず、サロメは母を捜しながら王宮の舞姫として働いています。
R・シュトラウスのサロメは世紀の悪女だけれど、マスネのサロメは預言者ジャン(ヨハネ)を一途に恋する純情な娘で、ジャンもやがて彼女を愛してしまう・・という人間的ストーリー。
グランドオペラらしく合唱やバレエのシーンが豊富で(各幕にあるバレエは組曲にもなっています)、マスネの甘美で官能的な音楽に異境の世界にいざなわれるドラマティックな大スペクタクルです。
全幕を通して当時新しい楽器であったサクソフォーンが効果的に使われ、その独特な音色と哀愁を帯びた洒落た旋律が、古代の歴史物でありながら新しい感じを醸し出しています。
預言者ジャン(テノール)は出番は少ないのですが、出てくるとカリスマオーラを放出し、一言一言がアリガタイ感満点!
サロメに執心するエロデ王(バリトン)は、若い女にウツツをぬかすエロ親父なんだけど、意外にロマンティックで泣かせます。
タイトルロールがなぜか一番共感を得にくいおっかさんなのは疑問だけど、グランドオペラは主役級が5人いることが多いので、このオペラもエロディアード、エロデ王、サロメ、ジャン、ファニュエルの5人が主役級で、それぞれが互いに丁々発止を繰り広げます。
あらすじ(エロディアード)
キリスト生誕前のエルサレムの町。隊商たちの喧騒をファニュエルが諌めているところへ舞姫サロメがやって来て、荒野で出会った預言者ジャンの素晴らしさを絶賛します。ユダヤの王エロデと王妃エロディアードは彼らの罪を糾弾するジャンを怖れますが、民衆の人望篤い預言者に手出しができません。ジャンが王宮に現れるとサロメは彼に熱烈に愛を訴えますが、ジャンは男女の愛を拒絶し、「どうしても愛するというのなら、魂を天まで高めて夢の中のように愛せ」と諭します。
エロデ王は美しい舞姫サロメに懸想し、麻薬で彼女の幻影に耽って恋を嘆く有様で、ファニュエルに「王がそんなことでは国が危ない。ローマ軍が迫っている」と諌められます。ローマ総督がやって来ると、今まで敵視していたユダヤの民衆が一転その立派さを讃え始めますが、ジャンは地上の権力争いなど無意味だと断じます。
エロディアードは夫がサロメに夢中なことに悩み、占星術師のファニュエルに運命を見てくれるよう頼むと、サロメは実は彼女がかつて捨てた娘であると告げられ、錯乱し拒否します。
エロデ王はサロメに愛を訴え迫りますが、王の権威をもってしてもサロメに頑なに拒絶されます。民衆を扇動した罪でジャンの裁判が行われ、王は当初は助命を考えていましたが、サロメが愛していたのがジャンと知り激怒、死刑を宣告します。
牢獄で殉死を待つジャンは、神に祈り「悔いはない」と言いつつ、サロメへの思いが残ることに気づき悩みます。そこへサロメが現れ、お互いの思いを確認して愛の2重唱になります。共に死にたいと言うサロメをおしとどめ刑場に向かうジャン。サロメはエロディアードに助命を嘆願し、彼女の心も動かしかかりますが、時は遅く死刑が執行されます。ショックのサロメは剣を抜きエロディアードを刺そうとしますが、「許して!私はあなたの母なのよ!」と告げられ、憎む敵が母と知ったサロメは、己に剣を突きたて自害します。
お薦め動画
●全曲 1984年 リセウ歌劇場 モンセラ・カバリエ、ホセ・カレーラス、ファン・ポンス
カレーラスのジャンが超ハマり役! ストイックなカリスマだけど坊ちゃん風なとこがとても素敵です。
(序曲)2:00~ (1幕)6:20~ (2幕)45:10~ (3幕)1:21:05~ (4幕)2:12:15~
●1幕 エロディアードのアリア、エロデ王、ジャンとの3重唱 1995年 ウィーン国立歌劇場
アグネス・バルツァ、プラシド・ドミンゴ、ファン・ポンス
バルツァの声の表現力たるや、凄い!
●1幕 サロメとジャンの2重唱 ルカ・ロンバルド、アレクシア・クザン
サロメがジャンに熱烈に愛してます!と訴えるシーン。マスネらしい甘美な旋律が素晴らしい!! ちょっとマノンぽいですね~
サロメ役のアレクシア・クザンは美貌と美声で期待されたフランス人だけど、わずか25歳で電撃引退してしまった伝説のソプラノなのです。可憐な声でルックス的にも理想的なサロメなのに残念。歌いっぷりも素敵~
●1幕 サロメのアリア 「彼は優しい人」"Celui dont la parole・・・Il est doux, il est bon" ソーニャ・ヨンチェヴァ
サロメが預言者ジャンにのぼせあがり、「彼は優しくて、立派で、その言葉で苦しみを消し去ってくれるの!愛しい預言者様、あなた無しでは私は生きていけないわ!」と熱烈賞賛するアリアです。
今売り出し中のソプラノ、ヨンチェヴァの声が美しく、官能的な堂々たる歌いっぷりが素晴らしい!彼女に舞台でサロメを歌ってほしいなあ。指揮はヨンチェヴァの旦那様ドミンゴ・インドヤンです(ドゥダメルと同じベネズエラのエル・システマ出身の指揮者)。
●2幕 エロデ王のアリア "Vision fugitive"(幻想のアリア) トーマス・ハンプソン
サロメに恋焦がれるエロデ王が、幻影に翻弄されながら、会いたい、抱きしめたいと悶え苦しむアリア。
サクソフォーンが効果的に使われた洒落た曲です。ソフトな声のハンプソンが合ってますね。
●4幕 預言者ジャンのアリア "Ne pouvant réprimer les élans"(信仰の力は抑えられぬが) ロベルト・アラーニャ
サロメの愛を拒絶していたジャンが、牢獄で殉死を待ち祈りながら、彼女への愛に気づき煩悶するアリア。
アラーニャの鮮明なフランス語が素晴らしい。
●エロディアード バレエ組曲
エジプト人の踊り~バビロニア人の踊り~ゴーロア人の踊り~フェニキア人の踊り~終曲
●2016年に、フィギュアスケート女子のデールマン選手がこのエロディアードの音楽をSPに使用しています。4幕のプレリュードとバレエ組曲の終曲をつなげたものですが、プレリュードは上掲の1幕サロメとジャンの2重唱と同じ美しいメロディーです。