ペレアスとメリザンド(ドビュッシー)
Pelléas et Mélisande (Debussy)
作品紹介(ペレアスとメリザンド)
幻想的なお伽噺のこのオペラ。しかし、お伽噺というには・・・暗い、暗すぎる!
舞台となる鬱蒼とした森に囲まれた陰気な城のように、作品全体が暗い翳に覆われています。
しかし、暗い中にもほの甘く、キラキラとした煌めきが砂糖の粒のように光って、夢のように幻想的で、この世のものとも思われない、でもどこか懐かしい香りがします。
印象派の作曲家ドビュッシーは、交響詩「海」や「牧神の午後への前奏曲」などが有名ですが、このオペラもそれらと同じ印象派独特の無調の音楽です。ちょうど「海」に人間の声が付加された、というような感じで、フランス語の抑揚に沿ったメロディーで語るように歌われ、普通のオペラのようなアリアとか重唱とかはありません。
聴きなれないと、つかみどころがない曲と思うかもしれませんが、輪郭が茫洋とした光と色彩の音楽は、哀しさを湛えて美しく、ドビュッシー独特の世界が創りあげられています。
ヒロインのメリザンドは作中で素性が明かされておらず、"謎の美女"とか、"魔性の女"などと誤った解釈をする人もいますが、ここで描かれるメリザンドはそんな言葉とは縁遠い、儚く、薄幸な、怯えた小鳥のような無垢な少女です。
このオペラの原作はメーテルランクの同名の戯曲ですが、同じメーテルランクの「青髭」をこのオペラの前日譚とみることもでき、メリザンドは青髭公的な暴力的なもの(DVや監禁)から逃れてきたのかもしれません。(冒頭の泉に沈んだ王冠が示すように)
ゴローと出会う前のその出来事で心が深く傷ついた彼女は、おそらくは生まれて初めて心から愛する人(ペレアス)に出会います。それが不倫関係であったのは悲しいことですが、しかし残り少ない生きるエネルギーで愛を伝え合えたことは、彼女にとって幸いであったでしょう。
2人の仲に怒ったゴローは、メリザンドの大きく見開いた目を「純潔を超えて澄み切ったこの目の正体を俺は知っている!」と罵倒しますが、真実のみを見るその瞳がゴローは怖ろしかったのでしょう。
アルケル王が最後に「彼女は小さく、哀れで、この世界のように神秘的だった。まるでこの赤ん坊の姉のようだ」と言うように、哀れで儚く、しかし純粋で微かな希望の存在だったように私は思います。
あらすじ(ペレアスとメリザンド)
(1幕)
いつの時代とも、どこともわからないアルモンド王国。深い森に囲まれた古い城に、高齢の王アルケル、孫の王子ゴロー、その弟ペレアス、ゴローたちの母ジュヌヴィエーヴ、ゴローと亡くなった妻の子イニョルドらが暮らしています。
ある日狩りに出たゴローは森で迷い、泉のほとりで泣いている美しい少女を見つけます。泉の底には彼女の物らしい王冠が沈んでいますが、拾おうとするゴローを激しく拒みます。「歳は?」という問いには答えず、名前だけ「メリザンド」と答え、「遠くから逃げてきた」と怯えています。ゴローは彼女を慰めようとしますが、「触らないで!」と泣くばかり。
「こんな所に一人で置いていけない、一緒に行こう」
「どこへ行くの?」
「わからない。私も迷った」 ・・・・ (ここの音楽が素晴らしい!)
ゴローは異父弟ペレアスに手紙を書きます。「メリザンドの素性はわからないが、結婚を認めくれるよう王に話してほしい。認めてくれるなら、塔に灯をともして合図してほしい。もし認めてもらえないなら、2度と城には戻らないつもりだ・・」(この手紙は、母のジュヌヴィエーヴによって歌われます)
メリザンドは船で城に着きます。帰っていく船を見送りながら、嵐の海に難破するのではないか、と怖れます。陰気で死んだような城での暮らしは彼女を苦しめます。
ゴローは彼女を愛していますが、メリザンドにとっては歳の離れた男でしかありません。
(2幕)
寂しいメリザンドと、ゴローの異父弟ペレアスは一目でひかれあいます。
ペレアスはメリザンドを「盲目の泉」に連れてきます。かつて盲人を治したというその泉は、アルケル王が盲目になった今、訪れる人はいません。
「兄さんと出会ったのも泉のそばだったのでしょう。彼はなんて?」というペレアスの問いをはぐらかしていたメリザンドは、ゴローにもらった指輪を弄んで投げているうちに深い泉に落としてしまいます。
「彼になんて言ったらいいかしら!」「真実を、真実を」
落馬で怪我をしたゴローの手当てをしていたメリザンドは、ここでの生活は淋しい、空が見えないのが辛い、と訴えます。宥めながら妻の手に指輪がないことを知って激しく怒るゴロー。
「今すぐ探しに行け!」「こんなに暗いのに、一人では行けません」
「ペレアスと行け!おまえが頼めば何でもしてくれるだろう!」
指輪を探しに行った洞窟には、飢えた乞食が眠っていて、国が滅びつつあることを暗示します。
(3幕)
星のきれいな夜、メリザンドは塔の窓を開け、長い髪をほどいて梳いています。
(ここでメリザンドが歌う「私は安息日の正午の生まれ」は、この作品中唯一のメロディックなアリア的な歌です)
ペレアスが塔の下に現れ、手を伸ばし、彼女の手を握ろうとしますが届きません。
「もっとこっちへ!」というペレアスの求めに応じて窓から身を乗り出すと、髪が窓から下に流れ落ちます。
闇の中に滝のように落ちる黄金の髪に驚き、手に取り、体に巻きつけ、髪にキスをするペレアス。
「やめて、落ちてしまうわ!」というメリザンドにも構わず、髪を柳の枝に結び付けて
「もうこれでどこへも行けない」と戯れます。
そこに現れ、怒るゴロー。
「なんて子供じみたことを!」と蔑みますが、それが子供じみた遊びではないことは解っています。
「彼女はもうすぐ母になるのだから、軽はずみなことはやめなさい。もう彼女に近づかないように」と告げるゴロー。
疑心にとらわれたゴローは、二人の様子をさぐろうと、幼い息子イニョルドに尋ねます。
「お父さんがいない時は、お母さん(petite mère)とペレアス伯父さんはいつも一緒だよ」と答えますが、それ以上は何を訊いても要領を得ずにゴローを苛立たせるばかり。
ゴローはイニョルドを高く抱き上げて、高窓から隣のメリザンドの部屋を覗かせます。
「ペレアス伯父さんも一緒にいるよ、二人とも瞬きもしないで灯を見てる」と言いますが、またそれ以上を問い詰めると、「もう降ろして!」と泣きだして、ゴローを失望させます。
(4幕)
長く病に伏していたペレアスの父の病状が回復し、城は微かな明るさを取り戻します。
父はペレアスの顔を見て「おまえは旅に出るべきだ」と言います。
旅に出る前に、メリザンドと逢う約束をするペレアス。
アルケル王は、メリザンドに長い語りかけをします。
「今までずっとおまえを気の毒に思っていた。悲しかった。こんな死の息を吸いながら暮らすには、おまえはあまりに若くあまりに美しい。でも、これからは変わるだろう。新しい時代の扉を開けるのはおまえだ。ああ、少しでいいから、その姿をよく見せてくれ。老人には若さや美しさに触れることが必要なのだ・・・」
ゴローが来て、メリザンドに剣を取ってくれといいます。怯えて彼を凝視するメリザンドに腹をたてたゴローは、その大きく見開いた純潔そうな瞳が恐ろしい、と侮辱し、長い髪をつかんで彼女を振り回します。「もう私を愛していないのです」と絶望するメリザンド。
約束の盲目の泉のそばで、ペレアスはメリザンドと落ち合います。旅に出ることを告げるペレアスに、どうして、と問うメリザンド。
「なぜかわからないの? 君を好きだから」
「私も好き」
「え!なんだって!君も、本当に!? いったいいつから?」
「ずっと。あなたに会ったときから」
二人は狂ったように愛を語り、ゴローの足音が近付いていることを知りながら熱烈なキスを交わします。「ああ、星が落ちてくる!」「私の上にも!」
ゴローはペレアスを刺し、メリザンドは怯えて逃げてゆきます。
(5幕)
城の一室で、メリザンドは寝台に横たわっています。医師が、ゴローが負わせた僅かな傷のせいではないことを告げても、彼の心は癒されません。
目覚めたメリザンドは、「窓を開けてください」と言い、部屋に誰がいるのか尋ねます。
アルケルが医師とゴローがいることを告げると、ゴローが二人きりにさせてくれと頼みます。
「私を許してくれ、だが、最後に本当のことを知りたいんだ。おまえはペレアスを愛していたのか?そして、罪を犯したのか?」
「愛していました。でも、罪は犯していません」というメリザンドの答えに苛立ち、衰弱したメリザンドに激しく詰問します。アルケルに止められても、それでも「真実を!真実を!」と執拗に繰り返すゴロー。
メリザンドは、出産したばかりの幼い娘に手を伸ばそうとしますが、もう腕をあげる力も残っていません。「まあ、小さくて、泣きそうだわ、可哀想に・・・」
そんな彼女をまだ問い詰めようとするゴローに、アルケルは「もう何も話すな。彼女を苦しめてはいけない。人間の魂は一人で静かに逝きたいのだ」と制止します。
メリザンドはその時ひっそりと息絶えます。
「ゴロー、ここに居てはいけない。お前の罪ではないが。彼女は本当に小さく、哀れで、この世界のように神秘的だった。まるでこの小さい子の姉のようだ。さあ、この子は彼女の代わりに生きなくてはならない。次はこの幼子の番だ」
そうアルケルは言って、赤ん坊を抱いて部屋を出てゆきます。