ドン・カルロス (ヴェルディ)
Don Carlos (Verdi)
作品紹介(ドン・カルロス)
ヴェルディ作品の中でも「ドン・カルロス(ドン・カルロ)」は傑作として人気がありますが、これは元々パリ・オペラ座の依頼で作られたフランス語のオペラです。
言語がフランス語であるのみならず、当時のフランス人聴衆の好みに合うようグランド・オペラ形式で書かれており、フランス的なロマンティックで優美な音楽が特徴的です。
ヴェルディをヴェルディたらしめている「ブン・チャッチャ」は姿を消し、洗練された流麗なメロディーに終始しているという点で、ヴェルディらしくない作品、とも言えるように思います。
特に合唱の豊かな3幕火刑シーンや、2幕の女官へ別れを告げるロマンスなどは、まるでマイアーベーアのようだ!と思ってしまいます。マイアーベーアはグランドペラの形式を確立し当時のフランスで圧倒的な人気を誇った作曲家ですが、このドン・カルロスの2年前に初演された「アフリカの女」には、ドン・カルロスに似たメロディーも登場します。他の作品でもそうですが、ヴェルディがマイアーベーアを多いに参考にしていることは明らかであると思います。
ドン・カルロスはフランス語で初演された後、イタリア語に翻訳され(イタリア語版は「ドン・カルロ」と呼ばれる)、さらに「長すぎる」という欠点を修正すべく1幕をバッサリカットした「4幕版」が作られる等、ヴェルディ自身によって何度も改訂されたため、このオペラには多くの版が存在します。
20世紀(カラヤンの時代)には「イタリア語4幕版」が多く上演されていましたが、近年は「イタリア語5幕版」「フランス語5幕版」の上演が主流になりつつあります。
4幕版は、カルロスとエリザベートのロマンティックな出会いのシーンであるフォンテーヌブローの森の1幕がまるっとカットされている、という欠点が致命的です。
この1幕の二人の出会いは、ロメオとジュリエットにも劣らぬ若々しく瑞々しい一目惚れの名シーンで、その後の二人の許されぬ恋の苦悩に説得力を持たせるためにもなくてはなりません。
日暮れた森で焚き火にあたりながら、身分を伏せたカルロス君が「あなたの婚約者の絵姿を託されました」と肖像画を渡し、開いて見て驚くエリザベートに「僕がカルロスです!」と胸を張る微笑ましさよ! 結婚相手が変更になってエリザベートが王妃となった後に、彼女の宝石箱の中にカルロスの肖像画が見つかり王に叱責されるシーンも、このフォンテーヌブローのシーンがあってこそだし、1幕の二重唱のメロディーはその後も要所で登場します。終始ウジウジいじけてるカルロスが、最初はあんな爽やかな若者だったことも聴衆は知らねばなりません!
ドン・カルロというとフィリップ王が孤独を独白するアリアが有名で、「むしろ主役は老人フィリップ王だ」と言う人もいますが、それは多面的なグランドオペラの一つの面に過ぎません。グランドオペラには主役級が5人登場することが多いのですが、それぞれにスポットライトが当たり、各人同士が丁々発止の関係を繰り広げます。
●カルロス王子は、父フィリップ王に認めてもらいたくてたまらないのに非力で叶わず、愛するエリザベートは父に嫁ぎ絶望し、親友ロドリーグだけが頼り。
●フィリップ王は権力の頂点に君臨しながら、息子には反目され、若い妻には愛されず、カトリック教会の力にも敵わず、心を許せる人が誰もいない(その心の隙にロドリーグが入り込む)。
●ロドリーグはカルロスと友情を誓い彼を支えながらも、フランドル救済という信念のためにカルロスと王を秤にかける。
●エリザベートは祖国フランスの民のために自分を犠牲にし、カルロスを愛しつつフィリップ王に嫁ぎ、なお愛を訴えるカルロスに心裂けながらも「ならば、父を殺してその汚れた手で母を祭壇に導きなさい!」と拒絶せざるを得ない。
●エボリはカルロスを愛するが故の嫉妬から、天使のような王妃を裏切った愚かな自分を悔い、獄中のカルロスを助けることに救いを見出す。
・・・こういった多面的な人間ドラマなので、見る角度によってそれぞれの人物の様々な感情が浮かび上がるオペラなのです。
「ドン・カルロス」と「ドン・カルロ」版の違い
(1)フランス語5幕版(ドン・カルロス)
1867年パリ・オペラ座で初演された版。全5幕で、フランス語による優美さが特徴。グランド・オペラの流儀に則り3幕に約15分のバレエ(ラ・ペレグリーナ)が入っているが、現代の上演ではバレエはほぼカットされる。作曲はされたが初演時に既にカットされた部分もあり、そこを復刻させる上演も稀にある。
(2)イタリア語4幕版(ドン・カルロ)
イタリア語に翻訳した後、1幕をすべてカットし全4幕とした版。1884年スカラ座初演。1幕のカルロのアリア(フォンテーヌブローの森で初めてエリザベートの姿を目にし愛の喜びを歌う)のみ、歌詞を変え移調して修道院のシーンに移される(絶望したカルロが、フォンテーヌブローの出会いを思い出し、今は希望も夢も愛も失われたと嘆く歌に)。その他音楽・台本共に随所でフランス語版から変更・カットされている。上演時間が短いため、20世紀にはこの版が多く上演された。
(3)イタリア語5幕版(ドン・カルロ)
4幕版よりも前にフランス語版をほぼそのままイタリア語に翻訳した版(1867版)と、若干改訂された版(1872年版)、4幕版を元に1幕を復活させた版(1886年モデナ版)がある。現在多く上演されているのはモデナ版であるため、同じ5幕版でもフランス語版とイタリア語版では異なる部分が多い。(ただし上演ごとに複数の版からの折衷あり)
お薦め動画(ドン・カルロス)
フランス語版ドン・カルロスの映像としては、1996年パリ・シャトレ座の上演が、美しいフランス語歌唱と正統的演出、パッパーノのキビキビした音楽作りで名盤です。(→全幕音声再生リスト)
指揮:アントニオ・パッパーノ、演出:リュック・ボンディ
ロベルト・アラーニャ、カリタ・マッティラ、トーマス・ハンプソン、ヴァルトラウト・マイアー、ジョゼ・ヴァン・ダム
●1幕 フォンテーヌブローの森 カルロスのアリア"Je l'ai vue, et dans son sourire"
本来のカルロスのアリア、ハ長調で歌われます。(4幕版では変ロ長調に下がってる、下に掲載)
●2幕修道院シーン 明晰なフランス語がメロディーにピタリ沿って美しい。
●2幕 カルロスとロドリーグの有名な二重唱。
●2幕 エボリ公女 ヴェールの歌 フランス語だとちょっと上品?
●3幕 カルロスとエボリの密会〜ロドリーグ登場し緊迫した三重唱
フランス語の朗唱のような流れるように美しい歌また歌・・
●4幕ロドリーグの死。ロドリーグはこういうフレンチバリトンがいいですね!(ハンプソンは仏人じゃないけど)
●ロドリーグの死後、フィリップ王とカルロスの二重唱。
カルロスを救うために犠牲になったと知り悔恨する王と、親友の魂を讃えるカルロス。
1867年初演時に既に削除された曲ですが、メロディーが「レクイエム(1874年初演)」のラクリモーサに流用されました。珍しい復活蘇演。
●5幕 清らかで強いエリザベートのアリア。マッティラの見事な歌唱。
●5幕 カルロスとエリザベートの最後の二重唱 〜 フィナーレ
「さようなら、来世でお会いしましょう。そこではこの世で出会えなかった幸福を見つけられるはず・・」(涙、涙。。)これもフランス語だと至上に優しく美しい。アラーニャの歌唱は全ての言葉が明瞭に聞き取れて驚異的!
ドン・カルロス バレエ音楽(ラ・ペレグリーナ)
初演時は、グランドオペラの流儀に則り3幕冒頭にバレエが入っていました。「ラ・ペレグリーナ」の題で、美しい真珠のある洞窟を漁師が見つけ、真珠たちが美しく舞うバレエ。最も美しい真珠はフィリップ王に捧げられ、王妃エボリが「ラ・ペレグリーナ」として華やかに登場します。(バレエの直前シーンで、エリザベートとエボリが仮面を交換して、エボリが仮の王妃になっていたため)
現代の上演ではバレエはほぼカットされますが、2004年ウィーン国立歌劇場で初演時のカットも含めた原典版が上演され(上演時間4時間)、バレエ音楽も蘇演されました。
ここではバレエでなく無言劇(エボリとカルロス夫婦がフリップ王夫妻をディナーに招く話?)が演じられています。この直後にカルロスとエボリの密会シーンがあり、エボリがカルロスとの愛を夢見て(確信して)いる様子を表していると思われます。
●バレエ「ラ・ペレグリーナ」2004年 ウィーン国立歌劇場
(参考)イタリア語版 ドン・カルロ
●4幕版 カルロのアリア(日本語字幕付き)
1幕が削除されて、フォンテーヌブローの森から修道院のシーンに移されたアリア。
喜びの歌から絶望の歌に変更になり、変ロ長調に下げられています。
●イタリア語4幕版 全曲
1986年ザルツブルク 指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
ホセ・カレーラス、アグネス・バルツァ、イッツォ=ダミーコ、フェルッチョ・フルラネット, マッティ・サルミネン
歴史的名盤ですが、4幕版であるのは残念(カレーラスの1幕が見たかった)。バルツァのエボリは最強だし、イッツォ=ダミーコもいいわ〜
●イタリア語5幕版 全曲
1985年ロイヤルオペラハウス 指揮:ベルナルト・ハイティンク
ルイス・リマ、イレアナ・コトルバス、ジョルジョ・ザンカナーロ、ロバート・ロイド