フィレモンとボシス(グノー)
Philémon et Baucis(Gounod)
作品紹介(フィレモンとボシス)
「フィレモンとボシス」というのは、日本では「バウキスとピレーモン」等とも呼ばれ、ローマ神話(及びギリシャ神話)に登場する、仲の良い高齢夫婦の逸話です。質素ながら長年誠実に愛し合って連れ添い、死後は寄り添った2本の樹に変わった2人は、仲睦まじい夫婦の象徴とされます。
しかしこのグノーの作品は、その神話そのものをオペラ化したのではなく、神話を題材にしたラ・フォンテーヌの寓話(教訓的なお伽話)を元にしており、多分にパロディー化されています。ジュピターは神なのにチョイ悪オヤジ風で、若返らせたボシスに横恋慕する・・という具合。
「神話のパロディー化」と言えば、この作品の初演(1860年)の2年前、オッフェンバックの傑作「地獄のオルフェ(天国と地獄)」がパリで初演され熱狂的人気を博します。神話をパロディー化したそのオペレッタの人気にグノーもあやかろうとしたものと思われますが、しかしオッフェンバックが次から次へと可笑しいネタと皮肉を繰り出し終始笑い転げさられるのと較べると、このグノーのオペラコミックははるかに穏やかで抒情的であり、グノーらしい優美な音楽を楽しむ作品になっています。
美しいアリアのいくつかはコンサートやCDで単独で歌われることもありますが、特にボシスのアリア「ああ、晴れやかな自然よ」が素晴らしい!
グノーのオペラには必ずと言ってもいいほどリリコ・コロラトゥーラソプラノの軽やかで可愛らしい(けど難しい)アリアがあるのですが(ファウストの「宝石の歌」、ロメオとジュリエットの「私は夢に生きたい」、ミレイユの「つばめのワルツ」など)、このボシスのアリアはその究極とも思われる華やかな名歌。7分近くもある長いアリアで、優しく嫋やかな前半から、後半は軽やかなコロラトゥーラが弾け、瑞々しいソプラノの声を堪能できます。
ボシスの他の歌(アリエットやロマンス)もどれも美しく、またバス(バリトン)の歌として「ジュピターの子守歌」やヴュルカンのクプレもしばしばコンサートで歌われます。さらに2幕の冒頭には美しいバレエ音楽と合唱があり、バレエとして上演されることもあるようです。
今まで全曲録音は殆どありませんでしたが、2018年グノー生誕200年を記念してトゥール歌劇場で上演された映像をYouTubeで全幕見ることができます!プロダクションや出演者は超一流とまではいきませんが、フランス人の歌手陣はそれぞれに良い味を出していて、バレエも見応えあり、大変貴重な映像です。
元ネタ(ローマ神話)のあらすじ
主神ジュピターとメルキュールは人間の姿を装って地に降り、一夜の宿を求めて家々を訪ねますが、どの家にも冷たく断られます。最後に訪れた老夫婦フィレモンとボシスだけは見ず知らずの彼らを温かく歓待し、貧しいながらもある限りの食材で夕餉を供し酒を振る舞います。しかしいくら酒を注いでも減らないばかりかますます溢れてくることから彼らが神であることに気づき、更にもてなそうと大切に飼っていたガチョウまで絞めようとするフィレモンたち。ジュピターは「他の冷酷な人間たちは罰しなければならないが、親切なあなた方だけは助けよう」と言うと洪水が起こり村は水没してしまいます。さらに「何でも望みを叶えよう」と言うジュピターに、彼らは「今まで長年二人で支えあって生きてきましたので、最後も二人一緒に死ぬことが望みです」と答えます。それから何年かたち、さらに老いた二人は最後まで仲良く語らい合い、やがて2本の寄り添った樹に姿を変えたのでした。
あらすじ(フィレモンとボシス)
(1幕)
老夫婦フィレモンとボシスは貧しい暮らしながらも仲睦まじく「死ぬまで愛しましょう」と幸福に歌い合っています。突然嵐になり、人間の姿をしたジュピター(大神)とヴュルカン(鍛冶神)が雨宿りを頼んで訪れます。快く迎え入れるフィレモンがボシスを呼びに行っている間に、ヴュルカンは「浮気者の妻ヴィーナスが心配だから家を離れたくなかったんだ」と嘆き(クプレ「重い鍛冶の音に合わせ」)、ジュピターはからかいいながらも慰めます。二人が戻ってきてささやかな食材で夕食をふるまい、私たちは貧しいけれど愛し合っているので幸せだ、また若くなったとしてももう一度お互いを愛するでしょう、と語ります(ボシスのロマンス「もし私が若返ったら」)。いつの間にか注いでいた水がワインに変わっていたことに気づき、神の来訪を知って驚く二人。ジュピターは、我々は人間を処罰しに来たが善良なあなたたちだけは助けましょう、と言って彼らを魔法の眠りにつかせます(ジュピターの子守歌)。
(2幕)
バッカナールの祭り、村人たちの乱交パーティー(合唱、バレエ)での神を恐れぬ言動にジュピターの怒りが落ち成敗されます。フィレモンの家では眠りから目覚めたボシスが、あばら家が宮殿に変わり、自分たちが若返っていることに気づき陶然と歌い(アリエット「若さは私を酔わせる」)、フィレモンと喜び合います。若返ったボシスの美しさに魅せられたジュピターは、彼女をモノにする手伝いをヴュルカンに命じます。ボシスは若返った妻に求愛する夫からふざけて逃げ回り、美しい庭で一休みして愛の喜びを歌います(アリア「ああ、晴れやかな自然よ」)。そこにジュピターが現れボシスに甘く愛をささやきます。夫を愛するボシスはひたすら拒みますが、神の魅力にあらがえずついに陥落しそうになったところにフィレモンが来て怒り心頭。ヴュルカンが「浮気なんて天国ではよくあること」ととりなしますが、二人は大喧嘩になりフィレモンは出て行ってしまいます。後悔し悲しむボシスにヴュルカンは同情して協力を約束。ジュピターが戻ってきて再びボシスに愛を迫ると、彼女は「もう抵抗しません、ただ一つ私の願いを叶えてくださるのであれば」と答え、ジュピターは願いを叶えようと誓います。そこでボシスが歌うのは「どうぞ私に皺と白髪を返してください。再び老いさせてください、そしてその後に私を愛してください」と。ヴュルカンに連れられて陰でそれを聞いていたフィレモンは大喜びで駆け寄り、彼女を抱きしめます。二人の強い愛の姿に参ったジュピターは、二人を若いままで許し立ち去るのでした。
※原語リブレットはこちら → Philémon et Baucis( l'Association l'Art Lyrique Français)
お薦め動画(フィレモンとボシス)
●全曲 2018年 トゥール歌劇場 グノー生誕200年記念上演
(ボシス)Norma Nahoun、(フィレモン)セバスチャン・ドロイ、(ジュピター)アレクサンドル・デュアメル、
【名シーンの索引】
00:01:35・・・序曲。穏やかで牧歌的なグノーらしい序曲
00:05:00・・・フィレモンとボシスが誠実な愛を歌う二重唱
00:14:12・・・ジュピターとヴュルカンがフィレモン家を訪れる
00:21:18・・・ヴュルカンのクプレ「重い鍛冶のの音に合わせ」
00:24:43・・・ジュピターがヴュルカンを慰めるアリエット
00:28:25・・・ボシスのロマンス「もし私が若返ったら」
00:36:21・・・ジュピターの子守歌「なんと幸せな夢」
00:40:07・・・2幕冒頭、バッカナールの合唱
00:44:09・・・バレエ音楽
00:58:52・・・合唱「神は死んだ」~ジュピターの怒り
01:02:27・・・若返ったボシスのアリエット「若さは私を酔わせる」
01:14:24・・・ジュピターが若返ったボシスを気に入って歌うクプレ
01:18:00・・・ボシスのコロラトゥーラの名アリア「ああ、晴れやかな自然よ」
01:24:44・・・迫るジュピターと拒むボシスの二重唱
01:33:30・・・怒ったフィレモン、ボシス、ヴュルカンの3重唱
01:41:00・・・ボシスのロマンス「老人に戻してください」
01:45:40・・・フィレモンとボシスの喜びの2重唱
●上記上演の3分トレイラー
●上記上演のルポルタージュ(出演歌手、監督、演出家のインタビュー)
●ボシスの美しいコロラトゥーラ・アリア "Ô riante nature !"(ああ、晴れやかな自然よ)アンヌ=マリー・ロッド
●若返ったボシスのアリエット"La jeunesse m'enivre..."(若さは私を酔わせる)
●ジュピターの子守歌 "Que les songes heureux"(なんと幸せな夢) チェーザレ・シエピ
●ヴュルカンのクプレ "Au bruit des lourds marteaux”(重い鍛冶のの音に合わせ)妻ヴィーナスの浮気を心配して歌う
●ジュピターとボシスのデュエット
●1幕4重唱 客人を夕食でもてなし、神であることに気づき驚くフィレモンとボシスを、ジュピターが眠りにつかせる