黄色い王女 (サン=サーンス)
La Princesse Jaune (Saint-Saëns)
作品紹介(黄色い王女)
19世紀後半にヨーロッパで流行したジャポニズム(日本趣味)は、絵画や音楽芸術で様々な作品を生みましたが、この「黄色い王女」は、そのブームの揺籃期(1872年)に作られた先駆け的な作品です。
日本を題材にしたオペラは他にもいくつかありますが、最も有名なプッチーニの「蝶々夫人」が1904年、マスカーニの「イリス」が1898年、サリヴァンの「ミカド」が1885年、メサジェの「お菊さん」が1893年ですので、そのいずれよりも10数年~30数年前に作られた最初のジャポニズム・オペラと言えます。
日本にハマってしまったオランダ人青年が、浮世絵のお姫様に恋して夢うつつになるストーリーは、一見「ヘンな話」に思えますが、現代の日本アニメやゲームに熱狂する欧米人の姿に重なるものもあり、昔からこういう「オタク」はいたんだな・・と妙に納得します。
台本のルイ・ガレもサンサーンス自身も、ジャポニズムにかなり興味があったそうで、時おり登場する日本語は万葉集の和歌であったり、「コニチワ ヨイテンキデゴザイマス(Kounitsi wayoï ten Kidé gozaï masou)」であったり、発音が意外にかなり正確で、当時としてはよく研究されていると感心します。
(追記:ここで使用された万葉集の和歌は、フランスの言語学者レオン・ド・ロニーが1871年に著した「Anthologie japonaise(日本の名詩選)」という、万葉集や百人一首等について日本語とフランス語訳、ローマ字による音読みを記した著書から取ったそうです。この本は幕府使節団として渡仏した福沢諭吉等の日本人も協力したとのこと。出典:日本経済新聞2022.5.5 19世紀日本ブームの裾野、wikipedia)
西欧人からすると、日本語の発音は必ず母音が挟まって、かつ平板に「ポコポコポコ・・」と聞こえるのが面白いのだそうで、そんな特徴がよく出ています。
東洋的な五音音階が効果的に使われ、琴を思わせるハープや笛のようなフルートなどが異国情緒を醸し出していますが、それとは鮮やかに好対照を成す、フランス的な流麗で甘美な旋律こそが魅力的です。
登場人物は2人だけで(オタク青年コルネリスと彼の婚約者レナ+舞台裏合唱)、1時間に満たない1幕のオペラ・コミックですが、小品ながらそこに詰まった2人の歌はどれも美しく、夢見心地な異世界への憧憬が抒情的に歌われていて、ロマン的フランスオペラらしい佳作と思います。
舞台で上演されることは稀ですが、序曲は今もコンサート等で時々演奏され、サンサーンス自身、後年この作品について「私が劇場で成した最高の作品の一つ」と語っているそうです。
※「黄色い(Jaune)」という形容詞は「黄色人種の」という意味で、現在は不適切表現とされますが、当時は普通の表現であったと思われます。邦題は「黄色い王女」以外に「東洋の姫君」等、様々な訳があります。
あらすじ(黄色い王女)
オランダの青年コルネリスの部屋。彼の留守中に訪ねてきた婚約者のレナは、部屋中が日本の本や装飾物で溢れ、日本女性の浮世絵が飾られていることに呆れます。インクの跡も新しい彼の詩を見つけたレナは、それを読み上げます。(その詩の中に万葉集の和歌「うつせみし神に堪へねば 離り居て 朝嘆く君・・(Outsou Sémisi Kamini,Tayénèba Hareïté Asa Nagéku Kimi…)」がフランス語の台詞と交互に歌われます)
詩の中で絵の日本女性を「ミン」と名付け称賛する様に嫉妬にかられるレナ。
コルネリスが戻ってきますが、日本のことで頭がいっぱいで、神秘の国を讃え憧れを歌います。狂気じみた彼に憤慨したレナが部屋を出て行った後、1人になったコルネリスは、フラスコから漆塗りの器に液体を注ぎ飲み干します。麻薬による幻覚が現れ、浮世絵の日本女性の黒い瞳は彼を見つめ、閉じていた桃の花色の唇が開いて動き出します。恍惚とミンへの愛を歌うコルネリス。
レナが戻って来て、愛する婚約者の異様な姿に絶望し嘆くと、それに合わせて遠くから日本語の歌「あなたはどうなさいました?こんにちは、良い天気でございます」が聞こえます。その歌によってますますコルネリスは日本の世界にトリップし、レナがミンに見え、妄想のお姫様に熱烈に愛を告白し称賛の詩を捧げ、抱きしめようと迫ります。レナは怯え憤って拒絶すると、コルネリスはガックリと座り込みます。静かになったコルネリスにレナが先ほどの詩を歌って聞かせると、驚いたコルネリスは目の前の愛する女性がミンでなくレナであることに気づき、大切な愛を思い出し、二人の希望を歌う二重唱で幕となります。
※原語リブレットはこちら →
黄色い王女(bruzanemediabase.com)
お薦め動画(黄色い王女)
●全曲録音 スイス・イタリア語放送管弦楽団
●全曲録音 1960年 リリック放送管弦楽団
●レナのアリア(1) "Outsou Semisi Kamini"
万葉集の歌「うつせみし神に堪へねば ・・」が歌われます。
●レナのアリア(2) "Je faisais un reve insense"
変わってしまった恋人を嘆く失意の歌
●コルネリスのアリア(1) "J'aime, dans son lointain mystère"
序曲にも登場する旋律で、日本への憧れを歌う
●コルネリスのアリア(2) "Vision dont mon ame eprise"
麻薬の幻覚で、浮世絵のミンが動き出し恍惚となる情熱的な歌
●上演映像(抜粋)
●上演映像(冒頭、万葉集和歌が挿入された詩のシーン)
●序曲のみでも時々演奏され、録音は多数あります。