人間の声(プーランク)
   La Voix Humaine (Poulenc)


作品紹介(人間の声)

この作品はオペラとは言っても、「叙情悲劇(tragédie lyrique)」という分類で、一人のソプラノだけによって歌われる、45分程の朗唱劇です。

5年間付き合った恋人に捨てられた女性の、彼との最後の電話での会話がすべて。
最初は強がって平気なふりをしていた彼女が、次第に本心が露わになり、彼女を気遣って辛抱強く会話してくれる元恋人相手に、失恋の苦痛、絶望、心の闇を訴え始め、永遠に続くかと思われるその愚痴は、最後に電話のコードで縊死することで終わります。

電話の向こうの相手のセリフは聞こえず、女声のみによって歌われますので、演じる歌手によって様々に印象が変わる作品です。超暗く憐れな人、完全に病んでて怖い人、まあまあ健全で(最初は)明るい人、理知的で共感を誘う人・・・

プーランクは「この作品は若く上品な女性が歌うべきであり、歳いって捨てられた女性のためのものではない」と言っているそうなので、年増女性の哀れさを強調するよりも、純粋に失恋の痛みを表現するべきのようです。
原作はジャン・コクトーの同名の戯曲で、所々を少しずつカットはしていますが、台詞の変更はしていません。

初演時には、プーランクとソプラノのドゥニーズ・デュヴァルが、それぞれ自身の経験を重ね合わせて泣きながら創りあげていったそうで、特別な女の物語というよりも、誰でもが若き日に一度は経験する失恋の痛み、身を切るように辛く、のたうち回るように苦しく、人生が空虚に思える喪失感を描いている、といえるように思います。

「現実と同じ夢を見て、目覚めた時に『ああ、夢だった!』と嬉しくて、でもそれがやはり現実だったと気づいた時、もう生きていけないと思ったわ」という彼女と同じ絶望の経験がある人もいるのではないでしょうか。

音楽は、殆どが叙唱ですが決して聞きにくいメロディーではありません。フランス的な美しい旋律が多く、また同じメロディーが繰り返し出てくるのですぐ覚えてしまいます。

特に、電話がいったん切れて再度かかって来た後、「さっきから嘘を言っていたの」と本心を言い始め、昨晩睡眠薬で自殺未遂をした顛末を語るシーンは、シャンソンのような美しいメロディーで歌われます。またその後、「こんな酷い話を我慢して聞いてくれて、あなたはいい人ね。でも分かって、私苦しいの!」というシーンのオーケストラの美しさにも胸が締め付けられます。

語られるフランス語自体も魅力の一つで、Youtubeにはたくさんの歌手の映像が出ていますので、是非聴き比べてみてください。下に、日本語字幕付き、フランス語字幕付き、ディクションが驚異的に明瞭・・などの動画を載せています。



あらすじ(人間の声)

女性が自室で夜着のまま電話を待っています。何度かの間違い電話の後、やっと待っていた男から電話がかかると、彼女は「今日はマルトと食事に行って今帰ってきたところよ。ピンクのドレスで、まだ帽子も被ったままなの」と嘘を話し始めます。5年間付き合った恋人から数日前に別れを切り出され、これが最後の電話で、必死で平静を装って話し続けます。「お芝居じゃないかって?私がそんなことできないのは、あなたよく知っているでしょう・・・そうね、全部私が悪かったのよ、ほらあの日曜日も・・・手紙は全部まとめて明日管理人に預けておくわ・・・ああ、あなたの姿が目に見えるようよ。スカーフ?赤でしょう?ほうら当たり。で、腕まくりをして・・」

急に電話が混線して切れると、狼狽えた彼女は慌てて彼の自宅にかけ直しますが、使用人が出て「旦那様は不在で今日は帰らない」と言われショックを受けます。彼からかけ直された電話に飛びつくと、動揺した彼女はそれ以上偽りを続けられなくなります。「15分前からずっと嘘を言っていたの。ディナーなんて行ってないし、ピンクのドレスも着てないわ・・・ずっとここに居て、何も食べられなくて・・昨夜は眠れなくて睡眠薬を1錠飲んだの。もっと飲んだら目覚めずに眠れるかもって、12錠飲んだ・・・でも死ねなくて、苦しくてたまらなくて、マルトに電話したのよ」マルトが連れて来た医者に手当てされ今はだいぶ落ち着いた、と言いつつも、「でも苦しいの。この電話だけが私たちを繋ぐ最後の物ね・・・この5年間、あなたのためだけに生きてたわ。あなたが来るのが遅ければ、死んでしまったかと心配して、あなたが一緒に居てくれれば、出て行ってしまうのが怖くてたまらなくて・・」と未練を繰り返します。

また電話が混線して切れると、「神様!どうかかけ直してくれますように!」と蒼白な顔で低く祈り続け、かかってきた電話に飛びつきます。「あなた、私を気遣って家に居るって嘘を言ったの私気づいてるけど、でもよけい愛おしくなるわ・・・もう電話を切らなきゃいけないって分かってるけど、怖くて勇気がないの・・・マルセイユに行くの?それならどうか、私たちがいつも泊まったホテルにだけは泊まらないで!・・ありがとう、優しいのね・・・」彼女はベッドに横たわり電話のコードを首に巻きつけます。「大切な、素敵なあなた、じゃあね、私は大丈夫よ、さあ切って!早く!・・愛してるわ、愛してるわ・・」受話器がコトンと床に落ちます。



お薦め動画(人間の声)

●ジェシー・ノーマン 2004年 東京文化会館
日本語字幕付きなので、ストーリーを知りたい方はまずこちらを。ジェシー・ノーマンは迫力満点。



●パトリシア・プティボン 2020年 シャンゼリゼ劇場
フランス語字幕付き。フランスの歌姫プティボンのコケティッシュな歌唱が魅力的。



●フェリシティ・ロット 2011年(ピアノ伴奏版)
ロットはイギリス人ですが、フランス語のディクションの明瞭さは聞き取り試験の先生のよう! 動詞の活用語尾も全て聞き取れる完璧な正確さは外国人ならではかもしれませんが、日本人が歌う際のお手本には最適と思います。



●1959年 初演時と同じ奏者でのスタジオ録音(音声のみ)
ドゥニーズ・デュヴァル、指揮:ジョルジュ・プレートル、オペラ・コミック座管弦楽団
瑞々しくフランスの香気溢れる名演です。



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