お菊さん(メサジェ)
 Madame Chrysanthème (Messager)


作品紹介(お菊夫人)

「お菊さん」という邦題は何とも古風な印象で、しかも番長皿屋敷を連想してしまいますが(もちろん皿屋敷のお菊とは関係ありません!)、フランス語の原題「マダム・クリゾンテム」は上品な響きですし、蝶々夫人に倣って「お菊夫人」というタイトルの方がよいように思います。

19世紀後半にヨーロッパで流行したジャポニズム(日本趣味)の典型といえるオペラで、原作はフランスの作家ピエール・ロティの同名の小説です。ロティは自身がフランス海軍士官として1885年(明治18年)に1か月長崎に滞在しており、その際の日本人女性とのいわゆる「現地妻」体験を小説に記しています。

このロティさんは海軍士官として世界中を旅した見聞を多く小説に著し、当時のヨーロッパ人が未知の異国を知る貴重な情報源として人気があったようです。ポリネシアに滞在した経験を記した「ロティの結婚」は、ドリーブのオペラ「ラクメ」の原作になっていますし、日本に関してはこの長崎の他に、東京の鹿鳴館の舞踏会に参加した経験も書き記しています。

オペラのストーリーは「蝶々夫人」にだいぶ似ているのですが、それもそのはず、プッチーニはこのメサジェの「お菊夫人」をよく知っていて触発され、後年蝶々夫人を構想したのだそうです。実際に、結婚仲介人「勘五郎」と蝶々夫人のゴローはソックリですし、養母お梅が天照大神に祈るシーンとスズキのお祈りシーンもソックリ。そもそもお菊さん自体が蝶に例えられるシーンがあるのですから!

しかし、蝶々夫人のストーリーがとても感動的で聴衆の涙を絞り取らずにはおかないのに比べると、このお菊さんのストーリーはだいぶ平板で、夢の異国でのちょっとした恋愛話で終わっているところが分が悪く、その後ほぼ忘れられてしまいました。でもこの作品なくして傑作蝶々夫人は存在しなかった、といえるでしょう。

ところでお菊夫人にしても蝶々夫人にしても、日本人はよく「日本のオペラ」と誤解するのですが、全くそうではなく、「日本を舞台にしたフランスオペラ(およびイタリアオペラ)」であり、異国情緒を楽しむために日本が選ばれたに過ぎません。なので日本での上演の際に、衣装やセットが完璧に純日本風に設えられると逆にとても違和感があることが多く、むしろ欧米人が想像する日本の風俗、着物や髪型がちょっとヘンでも彼らが夢見る東洋の演出である方が情緒があって音楽に合っていていいなあと私は思います。

メサジェは軽やかで洒落たメロディーが特徴の、いかにもフランス的な作曲家ですが、この「お菊夫人」では、3幕の夏祭りの場でお菊さんが歌うアリア「恵みの太陽が輝く日~お聴きなさい蝉たちの歌を」が有名です。可憐で嫋やかなお菊さんの叙情的で清々しい名歌で、今も多くの歌手に歌われています。

他にもピエールのアリアやお菊さんとピエールの2重唱、お雪との女声2重唱、そして序曲や間奏曲などはロマンティックで甘美なメロディーに富み、日本の群衆のお祭りや祈りの合唱は生命感に溢れ闊達で、また勘五郎のコミカルな歌など楽しいシーンもあって、聴きどころの多い瑞々しい佳作と思います。メサジェの作品はしばらく殆ど上演されなくなっていましたが、ここ数年見直しの機運が出てきて上演が続いているのは喜ばしいことです。


あらすじ(お菊夫人)

長崎入港前のフランス海軍艦艇の甲板、中尉ピエールは部下で弟分のイヴに「日本に着いたら、紙と竹でできた家で黒髪猫目の小柄な日本女性と現地婚をするのが楽しみ」と陽気に語ります。長崎に上陸すると、物売りたちが賑やかに出迎え、芸者が登場して美しい歌を披露します。ピエールは結婚仲介人勘五郎に何人かの女性を紹介されますが、なかなか気に入らず。先ほど歌を聴いた芸者をリクエストして願い通りそのお菊さんと結婚し、仲間に祝福されて愛の暮らしを始めます。

夏祭りの日、賑やかな雑踏にお菊とはぐれたピエールは、イヴとお菊が一緒に居るのを見かけて二人の仲を誤解し、また祭りの場で歌を披露したお菊を責めて、2人の間にすれ違いが起き始めます。しかしお菊と義妹お雪が清純に歌う様子に感動し、再び熱く愛を語り愛の2重唱になります。が、そのとき大砲の音が聞こえ、それはピエールたちの帰国の合図であることをお菊は悟ります。急な帰還に人々が慌ただしく別れを言い交す中、ピエールはお菊との別れを惜しみつつも躊躇なく船に乗り込み、お菊はこっそりイヴにピエールへの手紙を託します。

船は港を離れ、夜の甲板から見える日本の最後の灯りが消えたとき、ピエールがまだイヴとお菊との仲を疑っていると知ったイヴは、お菊の手紙をピエールに渡します。ゆっくり読むピエール。『あなたは私の愛を信じてくれず、ただのお人形としか思ってくれませんでした。あなたの心が決して私のものにならないことは分かっていますが、でもあなたが私から遠く離れたとき、日本にあなたを愛し、泣いた女がいたことを知っていてほしいのです』「兄貴、だから俺が言ったじゃないですか、女はフランスだってここだって・・」とイヴが言うと、ピエールは「女は、どこでも女だな」と感極まって答えます。

※原語リブレットはこちら  → Madame Chrysanthème



お薦め動画(お菊夫人)

●音声のみ全曲 1956年 Orchestre Lyrique de l'ORTF
お菊夫人:ジャニーヌ・ミショー 
2幕前半やバレエ音楽などのカットはありますが、スタジオ録音としては唯一の貴重なCDです。



●お菊夫人のアリア 「恵みの太陽が輝く日~お聴きなさい蝉たちの歌を」"Le jour sous le soleil béni"
我らが現代のフランスの歌姫サビーヌ・ドゥヴィエルが、TV生中継で素晴らしい歌を聴かせてくれてます。



●同じくお菊夫人のアリア 20世紀のフランスの歌姫マディ・メスプレ



●4幕 ピエールがお菊さんに別れを告げる歌“Allons, séparons-nous”(さあお別れだ)エミール・マルスラン



●バレエ音楽 上演では省略されることが多いので、貴重な録音です。
提灯行列 / 剣舞 / ホーンパイプ / 娘たち



●2021年 日本での全曲上演(日本語訳詞歌唱、ピアノ伴奏) by 日本橋オペラ
とても意欲的な蘇演、かつ日本初演ですが、お菊さん役(主宰者の方)が太い声のドラマティック・ソプラノのため、適役とはいえないのが少し残念。お雪役の若いソプラノさんが光っています。
最後に手紙を読むシーンは、本来はフランス語朗読なのですが、字幕表示のみになっています。





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