ポルティチの物言わぬ娘(オベール)
La Muette de Portici (Auber)
作品紹介(ポルティチの物言わぬ娘)
グランドオペラの黎明期に大人気を博したというこのオペラは、マイアベーアの「悪魔のロベール」や、ロッシーニの「ウィリアム・テル」よりもさらに数年前に初演されており(1828年)、おそらく「グランドオペラの元祖」であるという点で重要な作品です。
5幕仕立てで大合唱のつく絢爛豪華な構成がグランドオペラ的ですが、何と言ってもこの作品の特徴は「オペラとバレエが合体されている」ことでしょう。
標題役のポルティチの娘フェネッラは口がきけないという設定のため、最初から最後まで全く歌わず、バレリーナが踊りで表現するのです!CD等で聴く限りは、そのシーンはそれらしい音楽が流れるだけですが、舞台上で歌とバレエが会話する様は、さぞや斬新で面白いことでしょう!
今では知られざる作品ですが、聴いてみるとどこかで聴いたようなメロディーが頻出します。
序曲と4幕の合唱に登場するマーチは、「マサニエロ行進曲」として日本の運動会用マーチ集レコードに収められていたらしく、リレー選手の入退場とかであなたもきっと聞いたことがあるはず!
5幕冒頭のピエトロの舟歌は、仮面舞踏会(ヴェルディ)のリッカルドの舟歌にソックリでは!?(もちろんオベールの方が先なので、ヴェルディさんが参考にしたのだと思います)
他にもアリアや合唱、バレエ音楽はどれもがメロディックでつい口ずさみたくなるような愛すべき旋律ばかりで、ストーリーは革命や愛憎劇など盛り沢山、なるほど人気があったのも納得の名作です。
そしてもう一つこのオペラで有名なのは、ベルギーの独立革命(1830年)が、モネ劇場でのこのオペラの上演がきっかけで始まったと伝えられていることです。オペラは17世紀ナポリでスペイン支配に反抗するマザニエロの反乱を描いたものですが、2幕で歌われるマザニエロとピエトロの二重唱「祖国への神聖な愛」がブリュッセル市民の愛国心を刺激し、終演後に興奮した人々によって暴動が起こり革命に発展したと言われています。歌の力は、様々なメディアのある現代よりもはるかに大きかったのだと思います。
フェネッラ役は、バレリーナ以外にも女優が演じる場合もあったそうで、ハリエット・スミッソン(ベルリオーズが熱愛して幻想交響曲の着想を得た女優で、後に彼の妻となった)も演じているそうです。
また、このオペラを題材としたサイレント映画が1916年に作られ、そこではフェネッラ役を名バレリーナのアンナ・パヴロワが演じ、貴重な映像として残っているそうです。
なお、かつては「ポルティチの唖娘」というタイトルが使われていましたが、現代では使われない用語であるため、当サイトでは「ポルティチの物言わぬ娘」という表記を使用しています。
あらすじ
漁師の娘で言葉を喋れないフェネッラは、貴族のアルフォンソに誘惑された挙句に捨てられ、そのうえ幽閉されていました。やっと逃げ出して助けを求めた相手のエルヴィーラは、なんとアルフォンソの婚約者で、まさに結婚式が行われようとしているところ。アルフォンソの過去の不実な行いが知れて、その場は大混乱となります。絶望して身を投げようとしたフェネッラは、兄のマザニエロに引き止められ、事情を打ち明けると、マザニエロは激怒し仲間のピエトロ達と共に復讐を誓います。
一方エルヴィーラは過ちを詫びるアルフォンソを許し、可哀想なフェネッラを助けましょうと寛大に言い、部下にフェネッラを探させます。町で見つけたフェネッラを連れて行こうとするスペイン兵にマザニエロたちは怒り、それは革命派の暴動に発展します。革命は成功し、マザニエロたちはナポリの権力を掌握しますが、殺戮や混乱に疑問を抱くマザニエロは、改革強硬派のピエトロたちと意見が割れてきます。追われたアルフォンソとエルヴィーラが助けを求めて来て、情けをかけて彼らを助けるフェネッラとマザニエロに、ピエトロは反感を募らせます。
宴の席でピエトロは、舟歌を歌いながら密かにマザニエロに毒を盛ります。そこへ勢力を盛り返したアルフォンソ勢が進軍してくるという知らせが届き、マザニエロは毒が回り始めた体で戦に出て行きますが既に力はなく、アルフォンソ軍に破れます。フェネッラはマザニエロが最後までエルヴィーラを守ったことを聞かされますが、その時ヴェスヴィオ火山が噴火し町まで流れてきた溶岩に彼女は身を投じ自害します。
お薦め動画(ポルティチの物言わぬ娘)
●全曲(音声のみ) 1991年 ラヴェンナ
●ベルギー独立のきっかけとなった二重唱「祖国への神聖な愛」"Amour sacré de la patrie"
●4幕 マザニエロのアリア "Du pauvre seul ami fidèle" ニコライ・ゲッダ
争いに疲れたフェネッラに優しく歌う、とても美しい子守唄です。ゲッダの歌が素晴らしい!
●5幕 ピエトロの舟歌 "Voyez au haut des rivages" ジャン=フィリップ・ラフォン
なんとも粋なバルカロールですね!
※ピエトロの舟歌の歌詞と訳を マイナーアリアの対訳集 のページに載せています。
●こちらは2幕のマザニエロの舟歌 "Amis, la matinée est belle" 「友よ朝は美しい」
漁師だから、舟歌をよく歌うんですが、「漁師は静かに話すのさ」と繰り返し歌われます。
●2012年 パリ、オペラ・コミック座で上演されています。
・4幕〜マザニエロのアリア "Du pauvre seul ami fidèle" マイケル・スパイアーズ
・4幕「さよなら藁葺き屋根の家」〜 合唱の「マザニエロ行進曲」〜 5幕「復讐に走れ」〜 毒が回って以前の舟歌を歌うマザニエロ
・ダイジェスト。貴重な映像ですが、フェネッラ役の踊りが激しいアバズレ風なのがちょっと違和感。清純な娘をイメージしてたんだけどな・・・
●バレエ音楽
●アンナ・パヴロワが演じたサイレント映画の「ポルティチの唖娘」